憲法第3章は、「国民の権利及び義務」の章だが、数えてみると権利が16回、自由が9回、責任が4回、義務が3回書かれている。
この第3章で書かれている価値観と東日本大震災で見せた価値観は水と油ほど違っていた。憲法の価値の基本は個人主義である。東日本大震災で被災者たちは自分よりも他者に思いをはせた。自分が施しを受けるよりも、他の人のために自分が何が出来るかを考えていた。
現行憲法では「家族」の規定がないが、自民党の日本国憲法改正草案では、前日記したように「家族」を規定している。
また、「国民の自由及び権利」は、「自由及び権利には責任及び義務は伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。」と現行第12条を一部修正している。これまでの「自由」の美名の下に放縦となっていた価値観を見直す必要性は現在の社会情勢を見れば明らかだろう。
さらに自民党案では、第3章で新たに入れたものとして例えば、
①公務員の選挙権は日本国籍を有する成人とする
②環境保全を責務とす
③緊急事態が生じたときの在外国民の保護
④犯罪被害者等への配慮
⑤知的財産権
⑥個人情報の不当取得の禁止
等がある。
宗教活動については、地鎮祭等の社会的儀礼または習俗的行為の範囲を超えない
ものは国や地方自治体等の行う活動は問題なしとした。当然の事だろう。
第3章だけでも改正すべき項目はたくさんある。ましては103条を1つ1つ精査すればなおさらだ。憲法改正は時代的必然だ。
自民党の憲法改正草案はリベラル的な執行部にもかかわらず、本来の自民党らしい保守色が入ったいい草案になったと思う。谷垣総裁を見直した。
その1つ目は、天皇を元首と明記したことだ。日本国および日本国民統合の象徴とは元首そのものだろうが、元首とすることについては、戦後ずっと抵抗が世論の中にもあった。そこを自民党がはっきりさせた意義は大きい。
2つ目は、国旗を日章旗とし、国歌は君が代、元号の規定も新設したことだ。日本の国柄は大切にしたい。
3つ目は、9条第1項の平和主義は順守するのは当然としても2項を改正し、自衛権を明記し国防軍の保持を規定したことだ。現行憲法の2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」は、誰が読んでも自衛隊は違憲ととれるだろう。専守防衛としての国防軍を明記することは、平和主義と何ら矛盾しない。
4つ目に、新規に第24条で「家族は社会の自然かつ基礎的な単位として尊重される。家族は互いに助け合わなければならない。」と規定したことだ。あたりまえの事だが、あたりまえでなくなっている。これを規定することにより一層家族のためより充実した施策が求められてくる。
ただ1つ不満なところがある。一院制にしなかったことだ。日本のような衆参に同等の権限を与えている国はイタリアぐらいしかない。ねじれはこれからも解消しないだろう。参院をかつての貴族院のような特権的位置づけにするよりも、衆参同時合併し一院制にした方が、立法府は時代の変化にタイムリーに対応できる。
もし全体主義に行くことを恐れる人がいたとしたら、同時に選挙制度を工夫すればバランスのとれた多党制が可能となる。
超党派の国会議員「新憲法制定議員同盟」の「新しい憲法を制定する推進大会」に参加する。
中曽根康弘会長から「憲法改正には、天の時地の利人の和が必要。あの世でいい憲法ができるのを待っている。」と述べた。今月94歳になるとは思えないしっかりした挨拶だった。
中曽根氏は28歳の時に憲法改正を決意し、既に66年が経過したとも述べたが、戦後の期間の中で今ほど憲法改正が必要なタイミングはないだろう。
3.11の復興の遅れは、確かに民主党政権の問題点であるが同時に現憲法に緊急事態に対応する体制の規定がないことも由来している。大会決議ではさらに縦割り行政や中央集権体制が東日本大震災の被災地復興を遅らせているのであり、現行憲法に根本原因があるとした。
記念講演では、中西輝政氏から憲法改正の必要性についての今日的分析があり、また東儀秀樹氏の雅楽の演奏があった。「ひちりき」の音色はクラッシックや童謡にも合うすばらしいものだった。
国会ではやっと憲法改正を審議する憲法審査会が衆参両院で始動した。自民党やたちあがれ日本も4月に憲法改正を提案している。一気に現行憲法を変えることは現状では不可能だが、まずは一部修正から手をつけていくことは充分現実的だ。
まず、憲法96条の3分の2条項を、2分の1条項に改正することを決めるのはどうだろう。共産党・社民党以外の政党は賛成するのではないだろうか。
主権回復記念日国民集会が開かれた。昭和20年8月15日「国家主権の喪失」の日であり、昭和27年4月28日がサンフランシスコ講和条約発効の日であり、連合国の占領統治が終了し、GHQが日本から居なくなった日で、「国家主権で回復」した日である。今年は60年になる。
残念ながらマスコミはほとんど報道しなかったが、この日は今日の日本にとって最も大切な日であり、4月28日を「国民の祝日」にしようという運動のための国民集会でもあった。
自民党とたちあがれ日本は、同時にそれぞれ「憲法改正草案」「自主憲法大綱(案)」を発表した。
確かに7年近くの占領統治は終わったが、その後本当に日本は独立国家となっただろうか?国民集会でも、日本の領土に米軍基地が今だにあること、GHQの意を受けた憲法が1度も改正されずにいたっていることに、多くの人から嘆きと憤りの発言があった。
GHQの「日本弱体化政策」は戦後67年を経て 確実にまん延している。もう一度日本を真の独立国家にしようなどと言っているのは右翼ではないかと、多くの国民が思っているのがその証左である。
4月28日を「主権回復の日」とし、「何故主権を喪失したのか」「主権回復とはどういうことだったのか」「そもそも国家主権とは何か」、毎年思いをいたし、これからの日本を後世にきちんとバトンタッチすることができるための記念日としたい。
それにしても戦後67年も経った。私たち日本人は目覚めなければならない3・11は「覚惺せよ!」との天の啓示であったと受け止めたい。
日本を創新する会主催の「よい国フオーラム」に創生「日本」の副会長として来賓挨拶があり出席する。日本創新党が母体で山田宏党首、中田宏代表幹事の会であり、松沢成文氏が副会長を務めている。
昨年の参議院選挙の時には、創生「日本」とたちあがれ日本、日本創新党が救国ネットを組み、山梨県では日教組のドンである興石東民主党候補の対抗馬宮川典子自民党候補をみんなで応援するなどのつながりがある。そのようなことから、来賓には平沼赳夫氏も出席した。
日本青年館中ホールは満席だったが、やはりまだまだパワー不足だろう。いずれ保守勢力が政権を奪還するためには、自民党が吸引力を持ってまとめ上げるか、政界再編成をして、たちあがれ日本や民主党内保守派を含め、大団結しなければ、本当の日本の建て直しは難しいと考える。大会では基調講演で「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」というテーマで竹田恒泰の話があった。竹田氏は、日本国憲法の制定により、学校教育の場で、天皇主権が国民主権になったと教えているが本当だろうかと疑問を持ったことからスタートしたと言う。
学校教育の解釈はまちがいで、主権には、実質的な側面と形式的な側面があるという。憲法改正の例で言えば、改正の内容を決定するという主権の実質的側面は国民がに担い、憲法改正を公布し発効させるという主権の形式的側面は天皇が担う。前者を「権力」後者を「権威」と」置き換えられるとした。
すなわち明治憲法でも現憲法でも、日本国の主権は天皇と国民の絆の上に成立しているもので、これを「君民一体」と言うとしている。竹田氏の解釈は妥当だろう。そして日本という国は、もっとはるか以前から、権力と権威を分けて統治機構が成り立ってきた。織田信長も源頼朝も、そして徳川家康も自ら天皇になろうとはしなかった。武家が権力を持ったが、天皇家の権威を侵犯しようとすることはなかった。
それが神話から貫なるこの国の国柄でもある。日本は権威と権力を分離したことにより世界で一番長い国、つまり安定した国となっている。そしてそれをこれからも未来永劫続けるべき役目が、現在生きている私達にあるだろう。
新しい憲法をつくる国民大会で、平成国際大学の高乗正臣教授が2つの憲法の欠陥を指摘し改正を提案していた。
1つは国家緊急権、非常事態規定の制度を設けること。
2つは憲法第9条の改正である。
憲法学界の多数説はいまだに「武力なき自衛権論」(自衛隊違憲説)が多く、自衛隊合憲説は少数派である。
しかし、政府の解釈は「自衛力合憲論」であるが、これには無理がある。 この際、政府の欺瞞的解釈を正すためには、改正してスッキリさせたらどうかという提案である。
多くの国民が自衛隊の存在が国家の安全保障上、あるいは国際貢献上必要であると考えるのであれば、政府は国際協調と平和主義の理念を高く掲げつつ、正規の手続きを踏む憲法改正の是非を、正々堂々と国民に問いかけるべきであるとの提案は、確かに3.11以降だからこそ意味を持つ。
日本のこれまでの場当たり的な政治は許されない。 3.11以降、最も政治が取り組むべきテーマは憲法改正だろう。
国家が潰されかねない国難の時、もう一度原理原則に戻り、国家の基本構造そのものから創り直す時こそ、今だ。
高乗教授の改正案は、これまでもいろんなところで多くの人が提案されていたことではあるが、こういう時こそ原点に帰る意味でも説得力を感じだ。
新しい憲法をつくる国民大会(第42回)に出席し、15分間のミニ講演をする。
今回は特に危機管理と安全保障を中心とした憲法改正案の提言が中心だそうだ。
私は二つの点から憲法改正を提案した。 いずれも現在の国会の動きでもある。
一つ目は憲法96条の改正である。 憲法改正を発議する衆参両院議員の「3分の2以上の賛成」を「2分の1以上の賛成に」に改正するというものだ。
ねじれ国会が続く中で、両院3分の2以上は不可能に近い。憲法は不磨の大典であってはならない。 アメリカ6回、ドイツ57回、フランス23回、韓国9回とそれぞれ改正している。
二つ目は国会の一院制である。 憲法42条の改正である。 世界は一院制の国会が3分の2で、二院制の国会は3分の1になっている。
東日本大震災のあと、政治はさらにスピーディに、そして思い切った日本の構造改革を進めて行くためには、まず政治家が身を切る覚悟が必要だ。 3割定数を削減し500名とし、国会を衆参同等合併して一院制にする改正案だ。
この二つはいずれも国民の過半数の賛同も得られるのではないかと考える。
しかし、国会は残念ながら民主党の反対により、改正議論をする衆参両院の憲法調査会が未だに始動できすにいる。
もう国会の不作為は許されない。 民主党よ、目を覚ませ! そして国会議員も腰をすえて。
【世界日報】5月4日版 総合2面に講演会の内容が掲載されました。
以下、抜粋
下村博文衆院議員(自民党)『危機管理できる国会改革を』
国会で、憲法改正に向けた超党派議連による二つの大きな動きが始まった。
一つは、憲法96条を改正し、憲法改正発議に必要な衆参国会議員の3分の2以上の議決を、2分の1に変えようという提案だ。 その発議権に必要な衆院100人以上、参院50人以上がそろい、両院で提出することになった。 今年中に改正するのが国会議員の責務だ。 衆院には憲法審査会があるが、民主党によって動きだせないでいる。 参院では民主党から5月2日、「作ろう」との提案があった。
もう一つは国会を一院制にするという提案だ。 世界の半数以上の国が一院制を採用している。 衆参ねじれ現象はなかなか解消せず、まともな統治能力を持った政府はこれからも出てこないだろう。
国会議員数を3割削減し一院制にすると、国会議員数は500人となる。
ただし、その時の世論によって極端に右から左へ、左から右へと振れると政治的不安定につながる。 このため、一院制での選挙制度は小選挙区ではなく大選挙区制のような形とする。 出来るだけ多くの国民の意見を反映でき、スピーディな危機管理が出来る国会が求められている。
今日、朝の9:00から衆議院において憲法調査会が開催されました。自民・民主・公明から、各党の憲法改正に向けた中間報告や取りまとめ報告、党内における憲法論議等の発表があり、共産・社民は憲法を改正しないという護憲の立場から、改正論議そのものに対しての批判がありました。
また15:30からは、自民党における憲法調査会が開催されました。自民党は来年11月に結党50周年を迎えるにあたって憲法改正草案を作成し、国民の皆さんに提示します。先月の参院選で我が党は辛酸を舐めましたが、これによって誇りある未来への指針となる新憲法への議論がトーンダウンしてはいけません。
憲法改正というと、必ず最初に第九条(戦争放棄)の問題が問われます。以前、この日記上でも触れましたが、自民党の改正方針は、まず第一に平和主義を堅持する事で、現憲法第九条の一項はそのまま引き継ぎます。次の二項において前項の目的を達する為に自衛隊を明確に自衛軍(軍隊)として位置付け、平和維持や復興を目的とする行動への参加や、非常事態に対する規定等を三項として追加する予定です。
今年、広島市と長崎市は59回目の「原爆の日」を迎えます。広島に限って言えば、今年1年で後遺症等によって新たに5142人の方々が亡くなり、原爆死没者名簿への記載者数は23万7062人となりました。両市に限らず、戦争は全国各地で、大空襲に遭った東京や、そこに位置する板橋においても大変深い傷跡を残しました。しかしながら、年々、被災者の高齢化が進む事で記憶の風化が顕著になると共に、偏った思想による歴史・平和教育の押し付けで、国民一人一人が自分自身で平和の尊さを考える機会が減りつつあります。
日本は21世紀の世界における安全保障環境下で、他国に被害をもたらす事はおろか、他国からも被害を受けない為に明確な意志と行動を示さなければなりません。
現在、私は衆議院において法務委員会の理事を務めており、党執行部では副幹事長として活動しています。責任ある立場の政治家として、日本国憲法の第九条はもとより、第一条の天皇制から百三条に至る全ての条文についてタブー無き議論を行い、私の政治活動の中心として改正草案作成に係わって行きたいと思います。
今、国会の中で最も重要視され、熱を帯びているのが「憲法改正」に関する議論です。私自身も国会の中では憲法調査会に所属し、党内では憲法改正プロジェクトチームや党の憲法調査会に入っています。
憲法改正というと、第九条の問題がクローズアップされがちですが、憲法の前文を含め、第一条の天皇の位置付けといった、全ての条文、一つ一つにおいて議論する中で、より理想的な憲法改正草案を作ろうと昼夜頑張っています。
同時に、私自身のライフワークでもあり教育改革の目玉でもある「教育基本法改正」も、日々議論を繰り返していますが与党間の協議等が難航しています。現在、政府側(文科省)の方からも改正案が出ていますが、2点において公明党との間で合意が得られていません。1つは教育基本法に「国を愛する心」という文言を入れる事です。これは最近になって公明党も非公式の場で同意しているという話ですが、もう1つの「宗教的な情操心・感性を育む教育」を入れるという事に関しては公明党の諸事情(戦前の国家社会主義体制によって宗教団体が弾圧されてきた影響)もあってなかなか合意が得られません。
また、与党のみならず、超党派の国会議員が集結し、今後の日本を考える「日本会議」という議員連盟があります。先日、その議連の中に「教育基本法改正促進委員会(委員長:亀井郁男参院議員)」が発足しました。私は委員長代理という責任ある立場で、党派を超えた150人の議員と共に教育基本法改正の議論を進めていきます。
「あるべき憲法」「あるべき教育基本法」を考えるにあたっては、まず50年、100年先の日本の形、形に沿ったあるべき日本人像をどうするかというコンセンサスがないといくら議論してもまとまりません。最終的に、憲法改正は衆参両院の3分の2の賛成があり、国民の半数以上の同意がなければ成立しません。まずは、衆参国会議員3分の2の同意が得られる文言に調整し、絞られていく事になるかもしれませんが、まずは自民党の憲法草案、民主党の案等、まず各党が議論を尽くし、最終的に3分の2の賛成が得られる様な所でまとめて行くという作業に入るのではないかと思います。






携帯電話でも、hakubun.jp
最近のコメント