龍馬プロジェクト関東ブロックの会合があり、1部の基調講演で教育問題を中心に講演をする。
龍馬プロジェクトは若年の意欲ある地方議員を中心とする集まりで、現在約200人が参加している。神谷宗幣会長(吹田市副議長)を中心に全国で会員拡大を行っており、今回は東京キャラバンとして細川正博関東ブロック長(豊島区議会議員)の依頼で基調講演をした。
創生日本(安倍晋三会長)との縁があり、神谷会長はじめ主力メンバーが創生日本の研修会には参加してくれている。
約40人が参加していたが、自民党所属議員は7、8名。一番多かったのはなんと「みんなの党」所属議員で、次が無所属議員だった。地方議員では無所属はよくあることだが、みんなの党が多いのには正直びっくりした。
それだけ若く政治を志す人達にとって、これまでだったら自民党が受け皿になっていたのに、残念ながら現在は「みんなの党」がかなりの受け皿になっている。
民主党所属議員は1人もいなかった。組合出身の議員でもない限り、若い人は今の民主党ではとても政治活動をやっていけないだろう。ましては龍馬プロジェクトの会員メンバーは、今の日本を憂い、新しい国家ビジョンを掲げて日本を「洗濯」しようとする草莽くっ起のメンバーだ。
彼らと合流し、この日本を建て直すために私も国会議員として頑張りたい。 しかし、彼らが国政を目指すとしても、現在「みんなの党」にしか受け皿がない。政界再編成し、保守の勢力を1つの大きなうねりにしていかないと、若い血を流入できない。
来年使用される高校の教科書検定結果が出たが、内容が前よりひどくなっているというのが全体的な印象だ。
新しい教育基本法が制定され、学習指導要領も改訂されたが、民主党政権下の影響か、教科書は「我が国と郷土を愛する」点では記述が悪くなっており、検定制度も機能しているのか疑問に思う。
菅談話の影響か、韓国併合や強制連行の記述は、日本を断罪するトーンがより強くなった。
もともとその言葉もなかった「従軍慰安婦」は中学校の教科書からは消えたが、高校教科書では記述されている。
南京事件は、「学者のあいだでは、30万人説は誇大な数字」(山川A)などと疑問の記述が付されたものの、かえって虐殺や暴行の事実を強調している。
侵略戦争、原爆投下、憲法、平和主義、直接民主制、住民投票条例などについて、一方的な政治イデオロギーの主張が記されており、有力な反論があるにもかかわらず、検定意見もつけていない。
結論として、政府見解や学界の通説に反する記述を見逃す検定にもなっており、反国家的な特定のイデオロギーの教科書が大多数になっている。
検定が機能しないようでは、新・教育基本法などの教育法規は空文化する。学習指導要領への違反なども処分できない。教職員組合による支配体制がより強化される結果になる。
教科書検定のあり方から、抜本的な改革をする時に来ている。
沖縄県教育庁義務教育課長と石垣市教育長に来てもらい自民党文科部会と日本の前途と歴史教育を考える議員の会合同部会を開き、八重山地区の教科書問題について議論する。
結論として私が部会長として文科省に対し以下のように要請した。
『文科省は、沖縄県教委に対して、八重山地区採択協議会の「協議の決定を遵守して採択するよう竹富町教委に対し適切な指導、助言、援助」を行うよう求める』
もともと8月23日、八重山採択地区協議会は、来年度使用される教科書について選定した。石垣市と与那国町は同意したが、竹富町では別の教科書を採択したことにより、混乱が始まった。
沖縄県教委が新たな協議の場を提案し、その結果別の教科書(育鵬社から東京書籍)が採択されることになった。しかしこの新たな協議について石垣市と与那国町は無効だと主張。文科省も法的に無効だと認識している。
それにもかかわらず合同部会では、文科省は具体的な収拾策について明言しない。県教委も独自の法律解釈論ばかり述べている。教科書採択をめぐる地方教育行政法と教科書無償措置法の法令解釈で2時間もかかってしまった。
16日までが地区内で教科書の一本化を図るタイムリミットだ。文科省の強い指導力が望まれるが、当事者意識に欠けるのらりくらりとした答弁だった。責任を取ろうとしない組織はかえって害悪ですらある。16日までに解決しなかったら、引き続き追求する。
それにしても国会は4日間で閉じてしまう。無責任な民主党政権だ。
静岡自民党県会議員対象の教科書問題について講演に行く。静岡県庁で9月議会の議案説明会の前に、研修会として企画されていたが、この4月の選挙で若い人も増え意欲にあふれている面々だった。
自民党も変わってきたと思う。地方の県議会職員レベルはボスが多く、10年ぐらい前はどこに行っても若造の国会議員が来てても「なんぼのもんじゃい」のような雰囲気を持った議員が3分の1はいたが、少なくなってきた。静岡ではまったく存在しているようには思われず、「利権」とか「驕り」とかのにおいはなくなっている感じだった。
実際はベテラン県会議員もたくさんいて、自民党が過半数の議席を取っているが、役職は若い期数の議員が就いているという。風通しが良くなり、若手議員も良く勉強しているという。
変わっていないのは、党本部の人事だと逆に思った。谷垣総裁は身内だけの重用ではなく、もっと若手の国会議員を活用すべきだ。
さて、静岡県も中学の歴史・公民教科書は全て、東書か教出のみだった。私たち自民党はこれまで人が良すぎた。足下では私たちの思いとは逆の教科書採択が行われている。今後、県や市町村議会で教育委員会のあり方も含め、しっかり正して欲しいしそもそも再検討する必要がある。
本日16時より「沖縄八重山地区の教科書採択について」合同部会を開催する。
自民党大阪府連で「教科書問題について」地方議員を中心に講演する。 すでに各議会でこの問題について取り上げている議員もいた。
今回は特に日教組の考え方が旧5社の各教科書にどのように影響しているか詳細に説明した。
例えば2001年の日教組平和学習冊子編集委員会編「これが平和学習だ!!」では琉球処分について次のような記述がある。 「(前略)県民のもつ琉球意識ゆえに、明治以降、政府が天皇制国家体制に琉球を編入する際、これを『辺境の地』として琉球処分を断行し沖縄戦のさなかに至るまで、沖縄の民衆を天皇の民に『変身』させるために皇民化教育を強力に推し進めたという道です。(後略)」
これを受けたように例えば東京書籍では以下の記述になっている。
「琉球王国は、薩摩藩に事実上支配されながら、清にも朝貢し、清を宗主国とする関係をむすんでいました。(中略)さらに政府は1879年、軍隊の力を背景に琉球の人々の反対をおさえつけて、沖縄県を設置しました。(琉球処分)」
このように東京書籍だけでなく、旧5社は忠実に日教組の考え方に沿った記述になっている。 これは売らんがためだ。
このためそもそもの教科書検定のあり方に対する疑問が多く出された教科書検定は学習指導要領にのっとっているが、あまりにもストライクゾーンが左右に広すぎる。特に左は無限大という程だ。
学習指導要領による歴史的分野の目標は「我が国の伝統と文化の特色を広い視野に立って考えさせるとともに、我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる。」とあるが、あまりにもかけはなれているのではないか。
7社が全て検定合格しているのに、地方議会で批判するのは難しいといった意見だ。
確かに検定のあり方、検定そのものを見直す時期に来ている。 歴史教科書は国によって固定教科書として決めているところもある。
教科書採択は地方教育委員会であるが、検定そのものは文部科学省であり、私たちは国民運動とともに、各議会で対応していかなければならない。
中学校の教科書採択が8月中には決定することになり、いろいろなところで講演をしている。旧5社と新2社の公民の教科書で決定的に記述が異なるところの1つに外国人参政権の記述がある。
私たちは外国人参政権は憲法違反であり、それは司法でも決着済みと考えている。日本国憲法第15条1項に「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と規定している。
平成7年の最高裁判決でも「憲法15条第1項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は我が国に在留する外国人には及ばないものと解するが相当」とあり、これは地方参政権も同様と考える。
しかし東京書籍では「日本国籍を持たないため、選挙権や公務員になることも制限されています。日本で生まれ生活していることやその歴史的事情を配慮して、人権保障を推進していくことが求められています」と記述されているように旧5社はいずれも同様のスタンスだ。
新2社、自由社は「この判決(平成7年最高裁)は、日本の選挙権を日本国民に付与し外国人に付与しないことは、合憲であり、権利の平等・不平等の問題ではないことを示した」とあり、育鵬社は「ただし、外国人であっても日本国籍を取得すれば、日本国民として選挙権をはじめとするすべての権利が保障されます」と記述されている。
民主党政権下とはいえ、旧5社の教科書記述そのものが私は問題であると考える。特定の政治思想そのものであるからだ。公民科とは何か。それは子供たちが幸せに生きていくために、社会をより良くしていこうと学ぶためのものだろう。そのような視点で記述された教科書を是非採択していただきたい。
前日に続き今年採択される新しい中学校教科書の公民の紹介をしたい。東北地方で100%近いシェアを占める東京書籍の自衛隊の記述は下記の通りである。
「自衛隊が憲法に違反していない理由として、政府は、主権国家には自衛権があり、憲法は『自衛のための必要最小限度の実力』を持つことは禁止していないと説明しています。しかし、平和と安全を守るためであっても、武器を持たないというのが日本国憲法の立場ではなかったのかという意見もあります。」
「自衛隊は、日本の防衛という本来の任務に加えてさまざまな活動を行っています。(PKO等を例示)一方で、このような自衛隊の任務の拡大は、世界平和と軍縮を率先してうったえるべき日本の立場にふさわしくないという声もあります。」
東日本大震災での自衛隊10万人の献身的な災害派遣活動に対して、被災者をはじめとする国民が、自衛隊に心から感謝し、世界からも高い評価を受けました。
しかし来春からこの教科書が採択されたら東北地方の中学生達はどのように思うだろうか。自分達のために支援をしてくれた自衛隊は、実は存在自体が違反なのかと思うだろう。災害活動のことも何も書かれていない。
現政権の中でも自衛隊を「暴力装置」と言い放っている輩もいるぐらいだが、それでも公民教科書として、一般国民の常識とはるかにかけ離れているのではないだろうか。
一方自由社では「世界的にも有数な実力を備えた自衛隊を『戦力に至らない』とする政府の憲法解釈には批判も多く、憲法改正を行って自衛権の保有を宣言し、自衛隊をわが国の軍隊として位置づけるべきだという主張もあります。」と記述し、さらに災害派遣のコーナーで、東日本大震災を受けての自衛隊の災害派遣活動を追記している。自由社のようなあつかいが常識的なところだろう。
自民党埼玉政治学院主催の第2回講座に講師として「自民党の教育政策について」話をする。
特に8月までに採択される中学校の歴史と公民の教科書の内容の比較を説明しながら、1日5社の教科書に比べ、新2社の教科書(育鵬社・自由社)が優れている説明をした。
特に東京書籍の説明をした。これまで「最も穏健」な教科書と言われ全国シェア50%、埼玉シェア100%だったが、今回どういうわけか最も偏向したものになってしまった。ポストコロニアル理論といわれる被抑圧民族の立場から歴史を見るもので、部落、アイヌ、在日、琉球、外国人労働者の差別撤廃という視点でこれでもかこれでもかと書いてある。
例えば、「東アジア世界の朝貢体制と琉球王国」という見出しの下で、「琉球は中国(清)との朝貢関係で繁栄してきたが、薩摩藩の侵攻によって服属され、さらに(日本)政府は1879年、軍隊の力を背景に、琉球の人々の反対をおさえつけて、沖縄県を設置しました(琉球処分)。」と記述されている。
さらに「琉球処分後の沖縄県」というアクセスの見出しのところでは、「学校で沖縄方言を話した子どもに『方言札』と呼ばれる木の札を首からかけさせるなど、言葉や文化の面では本土に同化させる動きもとられました。」
このように「日本が悪いことばかりしてきた。」とありとあらゆるレベルで記述してある歴史教科書で本当にいいのだろうか。少なくとも沖縄の記述をこのように記したものは、これまでなかった。学習指導要領にも「我が国の伝統と文化の特色を広い視野に立って考えさせるとともに、我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる。」とある。
旧5社の教科書でなく、新2社の教科書採択がなぜ必要なのが、詳しく説明したところである。






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