朝8時より私が座長となり橋下徹大阪市長が成立を目指す大阪市教育基本条例案などについて検討するプロジェクトチームの初会合を開いた。
決してシロアリのようにたかることも、維新の会にすり寄ることを目的とすることもないが、大阪の教育基本条例は創造的破壊ともいえる問題提起を含んでいる。これまで国の教育改革の不作為により対応していないものも多々あり、このPTを立ち上げて3月をめどに中間報告をまとめたい。
大阪維新の会からは、坂井良和市議団長と福島真治市議政調会長と有識者より八木秀次高経大教授を招き、説明聴取を行った。維新の会からは、教育行政に対する首長の権限強化など、法律改正を求められた。
首長の権限強化は、誰が首長になるかによって教育目標等が180度異なることもあり得、両刀の剣のリスクもあるが、それをどう克服するかだ。教育行政は、文科省・都道府県教育委員会、市町村教育委員会、学校現場と特に義務教育は4重構造の無責任体制になっており、典型的な時代の変化に対応できない護送船団方式になっている。
教育委員会そのものも、月2回各2時間の会議のみで実体的には事務局主導になっている。その事務局が「政治的中立性」の名の下に聖域化し、さらに組合と癒着・一体化することで逆に政治性を帯びている。
大阪維新の会ならずとも、ダメ教師はやめさせたいというところだが、その分限・解雇はできない仕組みだ。これをどうするかは国の課題でもある。
自民党としても、今度の衆議院選挙で公約とすべき教育改革案をしっかり取りまとめたい。
大阪の橋下市長が提案する「教育基本条例」は両刀の剣が組合に対する創造的破壊政策ということでは賛同したい。
しかし、公立学校の改革だけでは、この国の教育は時代の激流に対応できない。
私は思い切って「塾を学校として認める」ようにした方が日本の教育は一気に改革が進むと考える。学校設置規準を大幅に緩和し、簡単に学校がつくれるようにすることによって教育の多様性をより理想的な教育にすることが可能となる。
既存の公立学校や私立学校はもちろん反対する。少子化の時代、ただでさえ生徒数は減り廃校が多くなる。さらにそれに追い打ちをかけ、教育現場を混乱させるとんでもない考え方だとの批判が聞こえてくるようだ。
しかし、日本の教育は子供の立場から見て本当にうまくいっているのだろうか。「子供は幸福か?」「一人の落ちこぼれも出さない教育ができているか?」「不登校児や中退者は減っているのか?」「世界に通用するリーダー人材が育っているか?」
民間の塾経営者や実社会で活躍した人達がかつての寺子屋のような発想で学校を開き、日本の津々浦々で百花繚乱の学校教育ができるとしたらどうだろう。
もちろんそれらの新規参入に負けないように既存の公立や私立の学校も頑張る。まさに日本社会総参加の「教育立国」づくりだ。
小・中・高校の生徒の卒業規準は国が厳しくチェックし、知育・徳育・体育と一定規準達成を卒業検定とし、あとはバウチャー制度の導入をして親の経済的負担格差をなくすようにする。
それぐらいのドラスティックな教育改革をしないと、この国は沈んでしまう。
夢で終わらせたくない。
東大阪市の市議選は自称「維新の会」が高得票で当選し、民主党は惨敗した。11月には知事と大阪市長のダブル選挙が予定され、大阪都構想が争点となるが、教育基本条例も争点となるという。
東京では橋下知事の政策や発言はそれ程報道されているわけではないので、すべての政策について調べているわけではないが、教育基本条例案は賛同したい。
確かに大阪の教育はクサっていると私も思う。私が文科大臣政務官の時、スクールミーティングを全国300ヶ所で実施したが、最後まで非協力だったのが大阪教育委員会だった。無理矢理行ったが、ヤミ専従の個室もあり組合に完全に牛耳られていた。当時大阪府の学力テストは北教組の強い北海道についでワースト2だった。
橋下知事は教育基本条例を制定する理由として、「今の教育委員会制度では責任の所在が全く分からない。複雑怪奇な仕組み。・・・教育現場が治外法権みたいになっている。」と述べているが、これは大阪だけの問題ではなく、他の教育委員会も同様だ。
今回の教科書採択でも、教育委員会の積極的意欲が見えないところがたくさんあり、ことなかれ主義が横行していた。
条例案は、教育目標の設定、校長の任期付き公募制、人事評価で最低評価が2回連続すれば免職を含む処分対象に、職務命令の厳格化、学力テストの学校別公表、定員割れの高校の統廃合、府立高校の学区の廃止など思い切った改革案が入っている。
これぐらいの荒治療をしなければ教育現場は改善されないだろう。大阪の教育改革を期待したい。
『下村博文の教育立国論』の書評が、『リベラルタイム』5月号に掲載されました。
(以下、『リベラルタイム』5月号、86頁より引用)
教育改革をするために国会議員になったという、下村博文衆院議員。幼少期に父親を交通事故で亡くし、貧困のために教育を受けたくても受けられない、という悔しさを味わった。現在でも、貧富の差が教育格差に直結する現実は変わらない。それどころか、むしろ悪化し、社会問題にまで発展している。その現状を打破するために、下村氏が「あしなが育英会」の副会長や塾経営の経験を生かした、「人が幸せになるための教育を実現する方策」を提唱する。
下村氏は、現在の画一的な教育では、子どもの努力する意欲を失わせるという。成績のよい子どもにも、授業についていけない子どもと同じ授業を受けさせるため、授業についていけない子どもは、理解することをあきらめるからだ。1人ひとりの能力を伸ばすことが、「人が幸せになるための教育」なのだ。
下村博文代議士の著書『下村博文の教育立国論』の書評が、2月5日発行のフジサンケイビジネスアイに掲載されました。
(以下、フジサンケイビジネスアイ 15面 読書のページより引用)
著者は、教育改革を天命とする衆議院議員である。9歳で父親を交通事故で亡くし、苦学しながら高校、大学と進学する。大学時代の家庭教師のアルバイトで出会った一人の少年が、著者をして教育改革をライフワークとさせることになる。大学卒業後、塾を開き15年後には2000人の生徒数を誇った。
自己の体験と自身の息子を通して、全ての子供の持つ能力を引き出す教育を実践し、規制緩和による「教育特区」や「教育委員会の廃止」による学校現場への権限委譲、自由な学校選択と適正な予算配分の「バウチャー制度の導入」などの実施による、大胆な教育改革を提言し、世界に通用する優れた人材を生み出す教育こそ国家の要諦と力説する。






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