先日インタビューを受けた内容が11月23日の琉球新報の26面に掲載されました。
(以下11月23日琉球新報26面より転載)
育鵬社の教科書が、戦争賛美の本などと標的にされ反対運動を展開された中で、八重山地区で採択されたことは前進だ。沖縄は日本の中でも特に戦争賛美などの言葉に敏感な地域。教科書の中身も読まずにイメージで反対運動が広まった。そんな中、ムードではなく、子どもたちにとって本当にどの本が望ましいのかという視点で育鵬社を採択した八重山の人々の見識を高く評価したい。
採択地区協議会以前に、調査員の任命で疑問があるなどさまざまな指摘があるようだが、個別に誰がどう言ったなどについて国会議員はコメントする立場にない。8月23日の協議会以前の各種手続きが違法だったのなら話は別だが。インナー(内部)の会議であろうがなかろうが、正式な会議で決定したことだけが対外的には評価の対象だ。機関決定として唯一合法的なのは8月23日の採択地区協議会の結果だけだ。
竹富町が東京書籍を使用するという方針を変更しない場合は無償措置の対象外とする文部科学省方針のままでは、竹富町は無償措置法において違法状態である問題が残される。やはり違法状態は解消すべきだ。
解決策として、竹富も8月23日の答申に従い育鵬社を採択し、その上で副読本として東京書籍を町費で購入するという形にする。今回は苦肉の策としてはしょうがないのかな、と思う。県教育委員会はその方向に持っていくように指導すべきだ。
ここまで問題を長引かせた原因の一つに県教委の対応がある。県教委は文科省の指導に従わず、逆に文科省の主張と自分たちの主張は違うと言い続けてきた。
文科省は県教委に地方教育行政法49条に基づく是正措置をすべきだ。関係法の整理や採択地区範囲の問題は今後の議論としても良い課題だ。
沖縄県教育庁義務教育課長と石垣市教育長に来てもらい自民党文科部会と日本の前途と歴史教育を考える議員の会合同部会を開き、八重山地区の教科書問題について議論する。
結論として私が部会長として文科省に対し以下のように要請した。
『文科省は、沖縄県教委に対して、八重山地区採択協議会の「協議の決定を遵守して採択するよう竹富町教委に対し適切な指導、助言、援助」を行うよう求める』
もともと8月23日、八重山採択地区協議会は、来年度使用される教科書について選定した。石垣市と与那国町は同意したが、竹富町では別の教科書を採択したことにより、混乱が始まった。
沖縄県教委が新たな協議の場を提案し、その結果別の教科書(育鵬社から東京書籍)が採択されることになった。しかしこの新たな協議について石垣市と与那国町は無効だと主張。文科省も法的に無効だと認識している。
それにもかかわらず合同部会では、文科省は具体的な収拾策について明言しない。県教委も独自の法律解釈論ばかり述べている。教科書採択をめぐる地方教育行政法と教科書無償措置法の法令解釈で2時間もかかってしまった。
16日までが地区内で教科書の一本化を図るタイムリミットだ。文科省の強い指導力が望まれるが、当事者意識に欠けるのらりくらりとした答弁だった。責任を取ろうとしない組織はかえって害悪ですらある。16日までに解決しなかったら、引き続き追求する。
それにしても国会は4日間で閉じてしまう。無責任な民主党政権だ。
中学校の教科書採択が8月中には決定することになり、いろいろなところで講演をしている。旧5社と新2社の公民の教科書で決定的に記述が異なるところの1つに外国人参政権の記述がある。
私たちは外国人参政権は憲法違反であり、それは司法でも決着済みと考えている。日本国憲法第15条1項に「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と規定している。
平成7年の最高裁判決でも「憲法15条第1項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は我が国に在留する外国人には及ばないものと解するが相当」とあり、これは地方参政権も同様と考える。
しかし東京書籍では「日本国籍を持たないため、選挙権や公務員になることも制限されています。日本で生まれ生活していることやその歴史的事情を配慮して、人権保障を推進していくことが求められています」と記述されているように旧5社はいずれも同様のスタンスだ。
新2社、自由社は「この判決(平成7年最高裁)は、日本の選挙権を日本国民に付与し外国人に付与しないことは、合憲であり、権利の平等・不平等の問題ではないことを示した」とあり、育鵬社は「ただし、外国人であっても日本国籍を取得すれば、日本国民として選挙権をはじめとするすべての権利が保障されます」と記述されている。
民主党政権下とはいえ、旧5社の教科書記述そのものが私は問題であると考える。特定の政治思想そのものであるからだ。公民科とは何か。それは子供たちが幸せに生きていくために、社会をより良くしていこうと学ぶためのものだろう。そのような視点で記述された教科書を是非採択していただきたい。
今回採択される中学校公民の東京書籍の教科書の最後のページは、「地球市民」で終わっている。「地球市民」とは美しい言葉であるが、幻想を抱かせる言葉でもある。鳩山政権下の時に教科書記述が準備されていたので、その時の影響もあったのかどうか。
しかし東日本大震災を受け、非現実的であることが暴露された。「国民」という言葉よりも、「地球市民」という言葉が好きな勢力はかなり存在するが、このような災害が起きた時、やはり国家がしっかりしていなければ、国民は救われないことがはっきりした。
外国人は放射線等危険であると判断すれば、国外にすぐ脱出する。しかし日本人はそうはいかない。福島第一原発から20~30km以上は離れなければならないが、何十万人、何百万人がこの際海外に出るなどありえないことだ。
だから私たちは、絆を大切にし、被災された人達を支援し、伴に守り支援しようとする。それは当然なことであり、地方自治体も必死になって対処しようとしている。しかしこのような大きな災害が起きた時、地方自治体では限界があり、その時、国が何をなしうるかが被災地域だけでなく、国民全体にとっても影響する。
やはり国家の存在なくして、国民の救済どころか、豊かさの享受はありえないのだ。周辺諸国は支援協力をしつつも、定刻に日本の統治機構を見極めている。領土領海にも侵犯してくる。それが国家というものだ。
東日本大震災を経て、国民・領土・主権という国家の三要素がないがしろにされてきたことを私は反省する。そして最もな国家思想主義者ともいえる現政権が存続していることも許せない。しかしまだまだ日本の国家を想う保守勢力が弱小であることを憂う。
前日に続き今年採択される新しい中学校教科書の公民の紹介をしたい。東北地方で100%近いシェアを占める東京書籍の自衛隊の記述は下記の通りである。
「自衛隊が憲法に違反していない理由として、政府は、主権国家には自衛権があり、憲法は『自衛のための必要最小限度の実力』を持つことは禁止していないと説明しています。しかし、平和と安全を守るためであっても、武器を持たないというのが日本国憲法の立場ではなかったのかという意見もあります。」
「自衛隊は、日本の防衛という本来の任務に加えてさまざまな活動を行っています。(PKO等を例示)一方で、このような自衛隊の任務の拡大は、世界平和と軍縮を率先してうったえるべき日本の立場にふさわしくないという声もあります。」
東日本大震災での自衛隊10万人の献身的な災害派遣活動に対して、被災者をはじめとする国民が、自衛隊に心から感謝し、世界からも高い評価を受けました。
しかし来春からこの教科書が採択されたら東北地方の中学生達はどのように思うだろうか。自分達のために支援をしてくれた自衛隊は、実は存在自体が違反なのかと思うだろう。災害活動のことも何も書かれていない。
現政権の中でも自衛隊を「暴力装置」と言い放っている輩もいるぐらいだが、それでも公民教科書として、一般国民の常識とはるかにかけ離れているのではないだろうか。
一方自由社では「世界的にも有数な実力を備えた自衛隊を『戦力に至らない』とする政府の憲法解釈には批判も多く、憲法改正を行って自衛権の保有を宣言し、自衛隊をわが国の軍隊として位置づけるべきだという主張もあります。」と記述し、さらに災害派遣のコーナーで、東日本大震災を受けての自衛隊の災害派遣活動を追記している。自由社のようなあつかいが常識的なところだろう。
自民党埼玉政治学院主催の第2回講座に講師として「自民党の教育政策について」話をする。
特に8月までに採択される中学校の歴史と公民の教科書の内容の比較を説明しながら、1日5社の教科書に比べ、新2社の教科書(育鵬社・自由社)が優れている説明をした。
特に東京書籍の説明をした。これまで「最も穏健」な教科書と言われ全国シェア50%、埼玉シェア100%だったが、今回どういうわけか最も偏向したものになってしまった。ポストコロニアル理論といわれる被抑圧民族の立場から歴史を見るもので、部落、アイヌ、在日、琉球、外国人労働者の差別撤廃という視点でこれでもかこれでもかと書いてある。
例えば、「東アジア世界の朝貢体制と琉球王国」という見出しの下で、「琉球は中国(清)との朝貢関係で繁栄してきたが、薩摩藩の侵攻によって服属され、さらに(日本)政府は1879年、軍隊の力を背景に、琉球の人々の反対をおさえつけて、沖縄県を設置しました(琉球処分)。」と記述されている。
さらに「琉球処分後の沖縄県」というアクセスの見出しのところでは、「学校で沖縄方言を話した子どもに『方言札』と呼ばれる木の札を首からかけさせるなど、言葉や文化の面では本土に同化させる動きもとられました。」
このように「日本が悪いことばかりしてきた。」とありとあらゆるレベルで記述してある歴史教科書で本当にいいのだろうか。少なくとも沖縄の記述をこのように記したものは、これまでなかった。学習指導要領にも「我が国の伝統と文化の特色を広い視野に立って考えさせるとともに、我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる。」とある。
旧5社の教科書でなく、新2社の教科書採択がなぜ必要なのが、詳しく説明したところである。






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